第六章 反抗
A resistance
アトラス山脈を越え、地中海を渡り、Fはイヌワシとの戦いに明け暮れる。ヨーロッパはスペイン、モンフラーゲ地方。
北半球で最も広範囲に生息するイヌワシ五亜種はいずれも強力で、ここはSpanish
Golden Eagle(学名Aquila chrysaetos homeryi)というスペイン最大のイヌワシが住んでいる。
鷲達は自分の縄張りに流れ者が入ってくると、まず威嚇のV字飛行を始める。両翼をVの字に上げ、首を高く持ち上げて相手を脅すのだ。
それでも相手が逃げて行かない場合は攻撃に出る。
そして、この縄張りの王の強いイヌワシがやってきた。大きなメスワシだ。襲いかかるマントの風圧をFは垂直上昇で交わした。その自由自在の飛行能力にまず相手は驚愕した。
Fは掴みかかり、その爪が相手の初列風切(最も外側の、一番長い羽で左右に十枚生えている)をむしり取った。相手はFの握力に恐れをなして逃げていく。
Fは何事もなかったように、西空に消えていった。
その夜、Fはあばら家の一軒家の屋根に止まる。
当たりも薄暗くなりかけた頃、そこへ昔より住んでいたコウノトリが飛んで来る。Fの1.5倍はあろうかという体、不気味な影は、そのまま彼より少し離れたところに止まる。
「おい、じいさん。オウギワシはどこにいるか知ってるか」
「オウギワシじゃと……」
じいさんは彼のほうを振り向くや
「ひえーっ、助けてくれーっ!」
と慌てて飛び出し、横の煙突にぶつかって真っ逆様に地面に落ちる。

「安心しろ、食ったりはせん」
Fは屋根を舞い降り、彼の横に止まって言う。
「おう、そいつは本当じゃろうのう。本当にわしを食わんじゃろのう」
こうして再び二羽は屋根の上に止まる。
「何と言ったかのう、オウギワシじゃと、ばかこくでねえ!
オウギワシがこんぎゃなとこにおっか! オウギワシというのはのう、南アメリカのアマゾン側流域を奥へ、奥へと進んでいったところにおるんじゃ。あいつは鷲鷹類の中で最強じゃ」
「なにい……」
Fの長い冠が逆立ち、その目が鋭く光る。
「わ、儂が言うたんでねえ、百科事典で読んだんじゃ」 じいさんは慌てて言う。
「じいさん。南アメリカへはどう行けばいい」
「お前、変なことを聞く奴じゃのう。よく言う変わり者じゃな。いいじゃろう。ここで知り合ったもなんかの縁じゃ。こっちゃ来い」
コウノトリの爺さんは、下へ降りるとあばら家の中へ入り、部屋の古いランプに火をつける。
「器用な爺だな。火を自在に操る鳥なんざ初めて見たぜ」
「わしゃ何年生きとると思うか。今年で110才じゃ。これだけ生きると知らんでいいものまで知ってしまうものなんじゃ」
彼は壊れかけた本棚から一冊の分厚い本を引きずり出し、くちばしで、所々破れかけたページをめくっていく。
「これだがや!お前見てみそ!」
じいさんがはぐった本は鳥類図鑑で、そのページ一杯にのっていたのは、そのオウギワシであった。青い顔立ちに明るい褐色の目、巨大な体、それはまさに、鳥の王者に相応しい立派な、そして不気味な雄姿であった。
「これがオウギワシか」
Fは本を見るのは初めてだったが、その輪郭をつかみ取ってオウギワシの姿を想像した。
「そうじゃ。お前の倍はあろうのう。ナマケモノを片足でかっさらい、ライオンですら手を出せないヤマアラシをも餌にする。お前んごたコンマか鳥が戦ってん勝てるかい、こいば見れ」
コウノトリのじいさんは次に世界地図を出す。これまた古く、今にも破れそうなページを、彼はくちばしで器用にめくる。
「これが世界じゃ。わし等は今ここにおるんじゃ」
コウノトリのじいさんはその世界地図のスペインをつつく。
「そんなちいせえ所に居れる訳ねえじゃねえか」
「あーもう、こいやから知能のひくか奴はすかんたい」
彼は崩れるようにふてねする。
「もうしらん! 儂は疲れたけん寝る、あ、ちょっと、本当に儂を食わんじゃろのう」
「あんたを食ったら腹壊しそうだ」
Fは、爺さんが寝たあともその本をめくっていた。そのオウギワシの横のページに、同じ大きさで半分に破れた雄大な鳥がいた。允の言葉を思い出す。サルクイワシ…。
「おい、爺さん、こいつがサルクイワシか」
年寄りは夜も早い。コウノトリの爺さんは、もういびきをかいて眠っていた。
その写真の大きさから、このオウギワシと同等の力を持つものではなかろうか、そんなカンがFはした。ロウソクが灯る部屋で、Fはその百科事典と世界地図を夜中ずっと見ていた。
「ベルクートじゃ、世界最強のワシはベルクートじゃ!」
その声がFに巨大なイヌワシの幻影を見せた。薄暗い蜘蛛の巣が張り巡らされた不気味な部屋で。
夢か、幻か。
「ドラケンが帰ってきた、二年ぶりにあの鷲が帰ってきたか」
コウノトリの爺さんがなにやら話している声が幻聴のように聞こえてくる。いや、目を開けてみようとFが意識を取り戻したとき、窓越しでコウノトリの爺さんが、大きなハシジロアビと話をしている姿が見えた。
「ドラケンが帰ってきたらまた鷲戦士たちがあちこちから集まり出すじゃろうのう」
アビはコウノトリの爺さんと仲良く捕れた魚を分けて食っていた。近くに河があるらしい。
「おい、あの鷹は何じゃ!」
アビが腰を抜かした。
「おうおう心配するな、あいつは儂らを食ったりせんて。長旅で疲れておるんじゃろうて。ぐっすり眠っておったわい。まあ昨日は夜更かししておったからのう。あいつとは昨日知り合ったばかりなんじゃ。若いのになかなか律儀な奴じゃ。ちょっと無口で無愛想じゃが、可愛い奴じゃ」
Fが二人の方を見て羽ばたいた瞬間
「ギャー、」
アビは窓縁からこけ落ちた。
「心配すんなて、こいつは昨日一晩儂と同じ屋根の下で寝たんじゃ、のうFや。おは・よ・う」
と言っているコウノトリの爺さんも伺い見るようにFの目を覗き込む。やはり震えてしまう。アビが蚊が鳴くような小声で
「何か食わせたらいいんじゃないか? 腹一杯になれば俺たちを襲いはせんだろ」
「そ、そうじゃの」
そして、
「おい、長旅で腹減っておらぬか? 魚でも食わぬか」
「おい爺さん、最強のベルクートってのは何だ? 何か話してたな。そいつは強いのか」
Fは腹も減っていないのだろうと思ったコウノトリの爺さんはホッと一息ついて
「強いなんてもんじゃなか、オウギワシより強かとぞお前。あいつは化け物じゃ」
「そいつと戦いたい」
「やめとけちゃあ、あいつは世界を旅して何羽ものオウギワシを血祭りに上げたバカでかいベルクートじゃぞ。いいか、F。こっちゃこい」
コウノトリの爺さんは、震えるアビを尻目にタカと対等に話している自分が心地よくなって、さらにしゃんと背筋を伸ばし、部屋の奥に入った。 アビは興味津々怖いもの見たさでドタドタと二人のあとをついて行く。
「昨日は話さんかったが、一番強いワシはドラケンじゃ。あいつに叶う奴が居るわけがない。とにかくでかいんじゃ。これがあいつの羽じゃ」
コウノトリの爺さんは引き出しをクチバシで器用にあけ、中から大きな羽を出して見せた。
「ドラケンの抜け落ちた羽じゃ。ベルクートには個体差があってな。大きなものは本当に大きい。そしてドラケンはお前の三倍の体重はあるじゃろうて。当然爪も大きい。あいつに捕まえられたら生きて帰れるものはおらぬ。何せヒグマをも倒したほどの男じゃぞ」
「ヒグマ…」
「ヒグマの目を潰し、頭を潰し、三日間に渡る攻撃の末ついには殺してしまった。恐ろしいだがや!」
その大声にアビはひっくり返り、Fの目は光った。
ヨーロッパではイヌワシこそ最強の鷲、権力の証として家紋や軍旗に使われ、古き時代から長きに渡り、専制と独裁の象徴とされた。イヌワシがヨーロッパ最強のワシであることも重なり、その歴史的文化は動物たちにも以心伝心していた。
「最強のベルクートは、允だ」
「なに、允じゃと? 允を知っておるのかお前」
「允が一番強い」
「友達か。悪いがドラケンの敵ではない。二羽ともお前が知るとおり鷲戦士じゃが、一度も戦うことはなかった。允はユーラシア大陸、ドラケンは遙か南米を旅した男だ。その時点で力が違うと思わぬか」
「力だけじゃねえよ、あいつの強さは……」
Fの脳裏に、允のハンターとの死闘が燃え上がった。
その日、薄暗いあばら屋の中をうろうろしては、あの百科事典や地図を眺め、うろちょろするネズミに目もくれず、また眠りに就く。
そしてその次の日の早朝、うとうとしかけたFが目を覚ますと、既にコウノトリのじいさんは居なかった。
「年寄りは朝が早いぜ」
Fは、まだ薄暗い外へ出ると辺りをにらむ。
「有り難うよ。じいさん」
こうしてまたFはその家をあとにし、遥かなピレネーを越えに行く。高原には見たこともない花が咲き、緑はいつしか秋の面影を漂わしていた。Fは木の枝にとまって一休みする。
見ると、あのコウノトリの爺さんがよたよた歩きながら野犬から逃げていた。猟犬が飼い主からはぐれ野生化したものらしい。立派な体格のイングリッシュポインターだ。横を友達のアビもよたくらと反対方向へ逃げているではないか。
「助けてくれーっ!儂ゃまだ死にたくないんじゃーっ!」
Fは思わず吹きだした。
(いくつになっても命は惜しいいか。まあいい、世話になったからな。腹も減ったし)
Fは低空飛行で野犬に急接近すると、ぶつかるように首根っこを掴み数メートル引きずった。その握力にすでに首はボロボロになっていた。
「ヒエーッ!」
コウノトリの爺さんは石につまずいて倒れ、そのまま羽を頭にかぶり丸くうずくまったまま震えていた。
しかしいつまでたっても野犬が来ない。
おや、変だと羽の下から顔を出せばFが野犬を食べている。
「ひえーっ、お前……Fやないか。どげやってこげな凶暴な野犬をとったとじゃ! まま、まあ、ありがとうのう、おかげで命拾いした」
「腹が減ってただけだよ」
コウノトリの爺さんはFの破壊力が信じられず、痩せた顔から目を飛び出しそうなほどに丸くむき出し、そーっと獲物の状態を見る。
首は半分以上ちぎれかかり、脊髄のあたりにもひどい傷跡が見られる。なぜ彼が強い鷹になりたくて、旅をしているのか分かった。
「お、おまえ、ありがとうのう。最近の若いやつは自分勝手で薄情なヤツばかりと思っていたが、おまえな違うごたるのう」
爺さんは泣き出した。
Fは構わずに獲物を食い続ける。
「おまえ、ここで暮らさんか。獲物もいっぱいおるぞ。お前とはなにやら友達になりたくての。わしを食っても腹壊しそうなんじゃろ。年をとると寂しくての」
「旅の途中だ。ひとつの場所にとどまる気はない」
Fは肉のすじを引っ張りながら引きちぎるとそれを一気にのみ込み、また肉をついばむ。
「じゃろうのう、若いやつは旅がしたかろう、すまんかった」
向こうの茂みには、エナガの群れがチリリチリリ、ジュリジュリと鳴いている。
「見ろ、エナガじゃ。エナガは寂しがりな小鳥で、群れないと生きていけない。他の種族の小鳥とも群れるらしい。群れなければ生きていけない種族もおるのじゃ。なんとなく今は、その気持ちが分かる。若いときはひとりで生きていけると思っておったが、年をとると孤独に耐えきれなくなる。まあ、今日はありがとうのう。気をつけて旅をせいや」
コウノトリのじいさんはよたよたと草原の方へ歩いていく。
「達者でな、じいさん」
「おう、有り難うのう、そうじゃそうじゃ、西へ向かうのならドラケンと戦うのだけはやめておけ。お前はまだ若すぎる。まあ、あいつと戦って世界の広さを知るのもお前の今後の為かもしれんがのう。しかし死んだら何にもならんけのう」
Fはだれにも負けないという、自信に満ちた視線を返した。
「ホントじゃぞ、自分が一番と思うなよ。いつかはお前も負けるんじゃ」
年寄り臭いお説教を最後に再び彼は草原の方へ向かうが、またゆっくり振り返り、目を潤ませて叫ぶ。
「達者でのーう、若鷹よ、人間にはくれぐれも気を付けるんじゃぞー」
あんな爺さんでも、もう二度と会うこともないと思うと、妙に名残惜しく感じさせる。
Fは獲物を食い終わると、爺さんの見送る中、森へと入っていく。
群れて鳴いていたエナガたちが静まり返り、Fの通り過ぎるのを待つ。 Fは目もくれずに森の奥へと入っていく。
この辺りの森林は、アフリカのジャングルに比べ、木々の間隔が狭い。 木の幹の色も、灰色ではなく黒っぽい。
飛ぶのにもとても窮屈だ。そして大型の獲物もいない。森の奥へと進み、大きなもみの木に止まる。さっき犬を食った。あと二日は食べなくても大丈夫だろう。今日はこの木で一夜を過ごすか。そのとき、一羽だけ、まったく離れた場所にいたエナガがFの目にとまった。
コウノトリの爺さんの言葉を思い出す。
(エナガはひとりでは生きていけない生き物なんじゃ)
Fはそのエナガが、なぜたったひとりでいるのか気になった。最初から単独で生活する動物なら、なにも思わない。コウノトリのじいさんが、エナガは群れないと生きていけない、と言っていた言葉が、Fの頭のなかで何度も繰り返される。
自分にはとても理解できないが、旅という孤独に浸っている彼にはそのさびしさはわかった。自分と同じく、変わりものなのか。孤独でなければ追えない夢もある。孤独のなかに孤独との戦いが生まれる。強い男と戦い、どこまでも力を追求する。その道を進めば進むほど、彼はどんどん孤独になっていった。あのエナガもなにかわけがあって一人でいるのか。自分と同じくなにかめざすものがあるのか。
「おい、エナガ。なぜ群れに戻らない?」
その声にエナガはびっくりして木の穴に隠れる。
「大丈夫だ、おまえを食ったりしない。さっき野犬を食ったばかりだ。それにおまえは小さすぎて腹の足しにもならない」
Fはニヒルに笑った。エナガとはどのぐらいさびしがりなのだろうか。おそらくなにか理由があって群れから外れたのだろうが、エナガの本能ともいえるさびしがりという性質は、そう簡単に克服できるものではない。しかし自分は天敵でもある。やはり穴からは出てこないだろうとFが思ったそのとき、
「ねえ、本当に私を食べない?」
なんと、エナガが天敵のタカの前に出てきたではないか。Fはその白い姿に弟を思い出し、言葉が詰まった。

「あんたも、さびしいの?」
「……まさか。だがおまえたちは群れないと生きていけないんだろう、なぜここにいる。それが気になった」
「みんなが信じられなくなって。でも、自分も信じられないの……私の話を聞いてくれる?」
「いいぜ」
「私の名前はジュリ」
「おれはFだ」
エナガの黒く澄んだつぶらな目はFにとって、異次元の生き物のような生命の純粋さを感じさせる。
「私も前はみんなと一緒に暮らしていた。エサを分けあったり、だれかが木の実を見つけたら飛んでいってみんなに教えるの。困ったときはお互いに助け合って、さみしいときやつらいときはなぐさめ合うの。これでも、子育ての手伝いをしたこともあるのよ。私たちは、ヒナがかえらなかったカップルはみんな子育ての手伝いをして助け合うの。毎日がとても楽しかった。私のなかではいつか、みんな友だちだと思うようになって、ウサギやリスとも話をしたわ。みんなからはちょっと変わってるって言われたけど。……そんなある日、ハンターが来たの。猟犬を連れて馬に乗って銃を持った人が、どんどん仲間の森の動物たちを撃っていったわ」
「ほう」
「私は森のヤマネや小鳥たちやウサギや犬たちにも、ハンターが来ているから気をつけてって言って回ったの。そして、木に止まっているタカに、ハンターが狙いをつけたの。わたし……」
エナガの大きな黒い瞳が細くなった。
「どうした……」
「鳴いて教えてあげたの。危ないって」
Fは、なぜ彼女が追放されたのかわかった。
「みんなに怒られた。いっぱいつっつかれた。タカを助けたおまえは、仲間じゃないって」
ジュリの目からひとしずくの涙が落ちる。
「リスや小鳥たちやウサギにも、そう言われた。だけど、敵っていったいなに? 本当の敵っていうのは、むやみに銃を撃って意味もなく動物たちを殺す人間じゃない。森に生きる物たちはみんな仲間よ」
Fは初めて小鳥と話し、食物連鎖のなかで、食べられる立場にあるものの心を聞いた。
「だがおまえの行動は、たしかにエナガたちにとっては裏切りだ。助けたそのタカが、またいつかおまえたちを食いに来る、だろう?」
ジュリはうつむいた。
「でも……あのときは、そうせずにいられなかった……わたしは、変わってるのよ」
「変わってる? まあたしかにな。おまえは逆に、自分たちのことしか考えないエナガたちに、疑問を抱いたってわけだ。みんな同じ仲間だって、本当はそう言いたかったんだろう」
群れずにいつも孤独なFは、概念や固定観念に縛られずに心を見抜く。ほかの動物たちに話しても、おまえはバカかの一言で片付けられるだろう。
だが、Fは違った。
「F……」
同じ孤独な立場ではあるが、明らかに違う二羽。自然淘汰という言葉がある。つまり、生き残るための条件を兼ね備えたものが、その条件を満たさないものを蹴落として生き残り、そうでないものはふるいにかけられて捨てられるのだ。生存も進化も、自然淘汰のなかで生まれる。
エナガは群れることで生き残るための有利な条件を得て、タカもまたつがいを組んで一つの森に縄張りを持って住むことで、その生存を確実なものにする。
天敵のタカを助けた時点で、ジュリは自然淘汰から外れ、Fは逆に自ら自然淘汰に逆らって戦いの道を生きているのだ。
「やっぱりだれもいないとさびしい。死にそうなくらい。お願い、私と友だちになって」
「おれは旅の途中だ」
「なぜあなたは、旅をするの?」
「世界一強い男になるためだ」
「ふーん。私もついていっていい?」
「いいぜ。ただ、おれとおまえは目的が違う。おまえは、自分の本当の友だちを探す旅にするんだ。そして本当の友だちを見つけたら、そこで暮らせ」
自分の心が、キャッチされている。Fの目が、ジュリには正義と悪を乗り越えたもう一つの神の目に見えた。
不思議なタカ、Fにジュリは死の淵からすくい上げられた気がした。このまま孤独でいるよりは、命を捨てて目の前のタカと旅をしよう。そう決意したとき、沸々と勇気が湧いてきた。
「わたし、なんだか吹っ切れたわ。仲間がいるって思ったら」
Fはジュリを見つめて思う。
(なんでこんなに似てるんだ……おれだけが大人になったんだな)
それから二羽の旅になった。飛ぶスピードが全然違う。しかしジュリは必死についてきた。Fは狩りをしながら旅をしなければならない。だがエナガの食べ物はどこにでもある。Fの狩りほど手間はとらない。そのあいだに必死で飛んで差を詰める。
鳥はもともと自分がどの方向へ向かっているか、本能的にわかるという。二羽はいつも待ち合わせの場所を決め、その方角へ飛んだ。そして、ときには夕暮れ時に出くわすこともあった。ジュリは生きるために必死で虫や木の実を食べた。
Fは彼女が懸命に生きるために戦っているさまを静かに見ていた。群れで生活するということは、それだけ有利でもある。これから先も、本当に彼女はひとりで生きていけるだろうか。しかしFは彼女の餌の確保を助けようとは一切せず黙々と、急浮上、急降下、急旋回を繰り返す。そして、ときには枝を蹴り、岩を蹴る。それは今まで彼女が見たこともないほどのすさまじいスピードだ。すべては戦うための訓練である。
ジュリは、ときにはなにも話さないまま眠るFを、なにか話しかけたそうな目で見つめるが、なにも言えず、うつむく。本当の仲間なんているのだろうか。もしかしたら目の前にいるこのタカこそ本当の仲間なのかもしれない。
そう考えると、とにかく彼と話がしたくなった。そして勇気を振り絞って、
「あなたは、どうして独りで旅をしているの」
「強い男と戦うためだ」
「そうよね、さっきやっていたのは戦うための訓練?」
「そうだ、もう寝ろ」
Fは木に止まったまま、静かに眠った。
そしてまた次の日も、Fは狩りに行ってしまった。ジュリは寂しさをまぎらわすべく餌を探して森をさまよう。彼女の胸の中に、仲間との日々が駆け巡る。確かに楽しかった、あの事件がある前までは。ただ何かが違う。あの自分に向けられた冷たい目を、どうしても心の奥で拒絶してしまう。
(そうよ、私は本当の仲間を見つける。見つけるんだ!)
ジュリが飛ぶ真昼の大空は、止まっているように静かに時を刻んでいた。一人で生きることはドキドキすることも多いがその分心を強くする。そんな勇気が少しずつ、Fと暮らす中で芽生え始めていた。
思春期の、影響を受けやすい心は、今からその生きるべき道を見つけ日々成長し、進化していく。今の彼女は、少なくとも昔いた群れの百羽のエナガの誰よりも、一人で生き抜く強さを持っているだろう。
そんなショッキングな三日間を乗り越えた彼女に、森の奥から黒い影が襲ってくる。ハシブトガラスだ。くちばしが大きく小動物などは突き殺してしまう、どん欲なハンターだ。
ジュリは茂みに逃げこむ。
カラスはやむなく茂みに降りると、歩きながらジュリを探す。ジュリは小枝の隙間からカラスを覗いた。そのとき大きなくちばしが突っ込んでくる。ジュリは首を縮ませてよけた。
カラスは執念深く回りを歩きながら、またくちばしを突く。摘んで引っ張り出す作戦だ。ジュリは小さい体をますます小さくして木々の奥に潜り込んだ。
カラスは頭を突っ込んでジュリを捕まえようとするが枝が邪魔をして思うようにくちばしを動かせない。今度はジュリの反撃が来た。その小さいくちばしで、目をつつく。
カラスはびっくりして首を茂みから抜き出し、首を激しく振る。
今度は茂みの回りをうろうろと歩きながら彼女が出てくるのを待ち伏せする作戦だ。
ジュリはじっとカラスが諦めて去るのを待った。横をダンゴムシが這ってきた。ジュリはそれを素早く突いて丸のみにする。
ここにいれば虫も這ってくるし、しばらく待ってみるか。
ジュリはカラスと我慢比べをすることにした。カラスはいつまでもそこに立ったままじっとジュリを待ち伏せしていた。
静かな森には自分とこのカラスしかいないのかと思うほどで、野良犬でも来てくれればこのカラスも逃げ出そうものを、こういう時に限って生きものの匂いすらしない。
(いいわ、待つしかないんだ。あいつが諦めるまで。この茂みにいれば、あいつになにができるの。この勝負、私の勝ちよ!)
彼女は自分にそう言い聞かせ、自分を勇気づけていた。恐怖に耐えながら長い長い時間が過ぎた。やがて、太陽が西の空に傾き始めた頃。
ジュリはカラスを追い払う野良犬の出現を願っていたのに現れたのは自分を狙って木を伝って降りてくるヘビだった。
(ウソ、ど、どうしよう!)
ヘビはどんどん降りてくる。あと少しでカラスもあきらめようかという時になって現れたヘビにジュリは地獄の底に突き落とされ、金縛りになって動けなくなる。
(と、飛ばなきゃ!)
頭では分かっていてもそれができない。彼女のような小鳥たちが、恐怖のあまりによくおちいる現象だ。こうなると、もう飛べる小鳥はいない。まさに、蛇に睨まれた小鳥。
しかしその時、彼女の心の奥にひとりで生きていくという執念が燃え上がった。
(何も抵抗せずに食べられちゃダメ、飛ぶのよ!)
ジュリは素早く飛びたった。跳びかかる蛇の口がその尾羽をくわえたが、尾羽は引きちぎれ、ジュリは大空高く舞い上がった。真っ赤な夕陽とともに燃える心。もう彼女は、金縛りになってただ食べられるだけの普通の小鳥ではない。
地面にはいつくばって惨めに口を開けて大空をにらむヘビをジュリは見下ろした。しかし、もう一羽の敵、カラスが素早く近づき、その羽ばたきの風圧がジュリの小さな身体に吹き付ける。
真っ黒な羽が視界を封じ、大きなくちばしがジュリを襲う。
もう終わりだ……!
真っ黒な大空に彼女が何も考えられなくなったそのとき、ギャアーッ!と声がしてカラスが消えた。ポカンと口を開けたままぼう然と目の前の光景を見つめるジュリ。あの大きなカラスが連れ去られていっている。
ジュリがその方向を目で追ったとき、木にとまった大きな鷹がカラスを食っている。やっと心が落ち着いてその姿を冷静に見たとき、そこにいたのはFだ。
「Fっ!有り難う」
Fは少し笑っただけで、またカラスを食う。ジュリはこのとき心からFに友情を感じた。その体は死の淵から生還できた興奮で震えている。食物連鎖では下の地位にある彼女はいつも大きな動物から逃げなければならない。しかし今は、逃げ勝ったという気がした。
その夜、Fとジュリの話し声が、森の奥から聞こえてくる。
「今日は助けてくれて有り難う」
「狩りをしただけだよ」
「ねえ、どうして強くなりたいの」
「…強くなりたいからだ」
「ねえ、ドラケンって鷲を知ってる?世界で一番強いのよ。最強のベルクートだって。キツツキのおじさんから聞いたんだけど、二年ぶりに帰ってきたって。ドラケンとも戦うの」
「強い奴とは戦うよ。それともう一つ、最強のベルクートは、允だ」
「允、あなたの友達?」
「ああ、俺の最高の友だ」
そんなある日、ジュリの仲間のエナガが飛んできた。
「おい、ジュリ、ジュリ」
「ティム…ティム!」
二羽は再開できた喜びに一杯で戯れるように空で絡み合いながら、やがて茂みに舞い降りた。自分と同じ大きさ、同じ色、こうも懐かしく感じようとは。
「お前を捜してたんだ。もう一度仲間の所へ戻ろう。ボクがみんなに頼んだんだ。ジュリを許してくれって。もう一度仲間として受け入れてくれって」
「ティム、あなた…私のためにそこまでして…でも私、大きなタカと友達になったの。一緒に旅をしようって」
「おまえ、何バカなこと言ってるんだ。タカと旅をするなんて危険すぎる!まだそんなことやってるのか!」
「でもあたしを助けてくれたよ、私を食べようとしたカラスを捕った」
「それは狩りをしただけだ! お前を助けたんじゃない。腹が減ってみろ、必ずお前を食うに決まってる! そんなことも分からないのか!」
ティムの説得力がある言葉にジュリはうつむいて考え込んでしまう。
「いいから来るんだ、ボクに付いてくれば間違いはない!」
ジュリはティムに押し切られ、彼の言うまま仲間の所へと戻る。やっぱり仲間がいい。仲間達に受け入れられ、許される。そしてまた楽しい日々を暮らせる。ジュリは胸が高鳴った。
(F、ごめん、やっぱり私はエナガなんだ、あなたほど強くなれない)
そして仲間達がさえずっている木々の中へジュリは飛び込んだ。さえずりが一瞬にして止まった。エナガたちはヒソヒソ話しているが、その中の一羽がようやく
「よお、おかえり」
ジュリは嬉しくなってみんなの中へ飛び込んだ。
温かく出迎える者もいれば相変わらず冷たく視線を外す者もいる。それでも自分を許してくれる者もいる事が嬉しくてたまらない。ジュリはみんなのために役立てるように頑張ろうと思った。
しかしFの存在はいつまでも心の奥にひっかかっていた。
日々を食うことのみに生きて秩序の元にすべてが従っている。しかし仲間の誰かがいいエサ場を見つけるとみんなに教え、分かち合う喜びがそこにはある。
「よお、ジュリ、食えよ」
新しく木の実があるところを見つけた一羽が言った。もう自分を完全に許して、こうして食べ物を分けてくれる仲間をありがたく思う。
そして自分もまた新しく、木の実があるところを見つけては仲間のために飛び回った。
ジュリは思い切って一羽で遠くまで飛ぶこともあった。それは以前の彼女はできなかったがFと触れ合ったことによって彼女がFから吸収した強さだ。そんな心の大きな成長に気づくこともなく彼女は誰よりもたくさんのエサを見つけては、仲間たちに教えた。ひなのいるところに行ってはエサを与えたりもする。
いつのまにか、リーダー的存在にさえなっていた。
それでも、Fのことを思い出すと、心に引っ掛かるものがある。食物連鎖の底辺にいる彼女と頂点にいる鷹。絶対わかりあえるはずがないのに、なぜあのとき分かり合えたのか、あの時の自分と比べ、今の自分が弱いような、流されているような、そんな気持ちに襲われることがある。
なぜだろう、何なんだろう。
常にその思いをぬぐいきれぬまま、ジュリは仲間との日々を過ごした。
こうして彼女が群れに戻って一週間が過ぎたある日、群れはカラスの襲来に出くわした。
「カラスだカラスだ!逃げろーっ!」
ジュリもみんなと慌てて逃げ惑う。やがて静かになった。
誰か一羽がカラスに捕まったのだ。みんなは葉っぱや茂みに隠れた。犠牲が付き物なのだ。一羽が犠牲になることにより仲間達が助かる。
カラスが口にくわえた獲物をよく見てみるとそれが誰か分かった。自分を群れに返してくれたあのティムだ。仲間たちはみな木の茂みに隠れている。仲間が食われれば自分たちはもう襲われない。残虐でも冷酷でもない、それが自然の摂理でありエナガたちの掟なのだ。
「ティムが食われるときが来たんだ。生け贄なんだ」
「そうだ、自分が食われるよりはいい。仕方がないんだ。可愛そうに」
(ダメよ、ティムを見殺しなんて、出来ない!)
ジュリの、垣根を越えた自由と愛はこの時、火となって燃え上がった。 ジュリはなんと、カラスに向かって飛び込んでいくとその目を突いた。
ギャァー!
カラスはリアクションも大きい声を上げる。
カラスは、今度はジュリをターゲットに向かってきた。カラスからの逃げ方を心得ている彼女は今度は茂みに隠れる作戦に出た。これによって、他のエナガたちも再びターゲットになる。カラスは茂みに突っ込んでくると枝や葉っぱをかきわけながら彼女を探した。
茂みは大騒ぎになり、じっと隠れていればいいものを、パニックに陥って、四方八方に逃げ出すエナガもたくさんいた。
「ジュリがまたとんでもないことをしやがった!」
「なんてことをするんだ! ティムが食われていればボクたちは食われずに済んだのに!」
カラスは大暴れして、一番近くのエナガをくわえた。
「助けて!食べられる、食べられる!」
ジュリは今度は助けるかどうか迷った。それは相手が大親友のティムではなかったからだ。そしてもう完全につかまっている。自分が助けようとしても無理だ。その時ティムと視線が重なった。
彼も助けようなどとは全く思っていない。木陰に隠れている。ジョリは生贄が変わったように安心
しているティムに逆に裏切られている気がした。
(何なの、これが、私たちの掟なの! 違う、そうじゃない! 私はイヤ、イヤだ!)
カラスはエナガをくわえたまま逃げまどう彼らを見送った。みんなは必死で羽ばたき、中には金縛りになって動けないものもいる。今度は彼が生け贄になったのだ。ジュリはなんと、二度もカラスに向かっていった。そして、その目を思い切りこついた。みんなは信じられないという顔でジュリを睨んだ。
(やめるんだジュリ!)
ティムは心の中で叫んだがそれを声にすることすらできず、じっと木陰に隠れていた。
イタズラ半分だったカラスはあまりお腹が減っていたようでもなく、ジュリの執拗な攻撃が厄介になって、くわえたエナガを投げ捨て森のかなたに飛んでいた。
ティムはやっと姿を現すとジュリと視線を交わした。
「ジュリはまた裏切った、生け贄は仕方がない! 掟に逆らって、混乱を招き、そしてボクを死ぬような目に合わせた! お前は追放だ!」
被害者のエナガが叫び、パニックの中ようやく戻ってきた仲間たちは、動揺した心のまま彼の意見に便乗してみんなでジュリを攻めた。
「そうだ、混乱を招いたお前の責任は重い!」
「選ばれたのはティムだったのに、お前のせいで、白羽の矢がボクに向いたんだ!」
「やっぱりお前は危険だ!」
ジュリはやっと、自分が求めていた答えを見つけた。
(ちがう、こんなの違うよ、あたしが生きる場所じゃないよ!)
「それが掟なら、私はエナガをやめる」
「ジュリ…」
その言葉に回りは静かになった。
「あの時は、みんなに追い出された、だけど今度は私の方からここを出る!」
そして、ジュリは大空に飛んでいった。
「お前は危険だ!エナガじゃない!」
「二度と帰ってくるな!」
エナガたちはジュリへの非難を浴びせていた。
やはり自分は変わっている。どこかへ行きたくてただ飛んだ。やみくもに飛んだ。夜が来て、朝が来た。雨が降り、雲が消え、何日も飛んだ。大空を見上げるとそのはるか西の空で二羽の大きな鳥を目にする。
ジュリはその戦いに引き寄せられるように飛んだ。

「F…!」
相手のイヌワシはあのヒグマ殺し、ドラケンだ。ふと、Fの言葉が聞こえた。
「世界一強い男になるためだ」
「お前も戦いを挑むのか、この俺に」
「允とお前と、どっちが強いか知りたくてな」
命を張った男同士の戦い。
Fの三倍の体、堅い羽毛と筋肉はダメージを受けにくい。
Fの蹴りを何発も受けながらも耐え抜いていたドラケンが、ついにFに強烈な一撃を食らわす。ジュリはびくっとまるで自分が蹴られたように首を縮めた。しかしFは信じられない打たれ強さで舞い上がって下からドラケンを蹴り上げた。そしてついにFが、あのドラケンの骨をも砕く蹴りを受け、回転しながら樹上に落ちた。そのとき、二羽の決戦を風の噂に聞きつけたコウノトリの爺さんがすっ飛んで来て叫ぶ。
「Fやめろ!ドラケンに勝てるわけがなかろが!」
ジュリがピクリとコウノトリの爺さんを見た。
「允の方が強い、俺がそれを証明してやらあ!」
そしてFは再び舞い上がる。訳の分からぬ、しかし男の熱い友情を感じたのは、コウノトリの爺さんだけではなかった。ジュリにも漠然とだがFの允という鷲への厚い友情が伝わったのだ。ドラケンがあの巨体で急降下してくる。
「死にたいか!F」
ドラケンは今ならまだ間に合うぞと怒鳴った。
「命はとっくに捨てた!」
(お前も死ぬまで戦うタイプの鷹戦士か。お前みたいな奴を俺は何羽も殺してきた。だが、お前みたいな奴が、一番強かった。死ぬがいい、それがお前の道ならば!)
ドラケンが殺しの目に変わった。
急浮上するF、上からたたき落とそうと更に加速したとき、Fは素早く垂直に飛んで交わし、ドラケンが目の前を通り過ぎ、猛スピードで降下していく。Fが追いかけるように急降下を始め完全に上になったとき、
「バカめ、翼も鷲の武器だ!」
上の敵に大きく羽ばたきして羽をかち合わせFを挟むように打ち据えた。Fは空中で気を失ったまま跳び続ける。それを呼び起こしたのは記憶だった。
アトラス!
(アトラスの技だ。しかもアトラスより力がある。強いぜ。とことん強いぜ。さすがは最強のベルクートだ。真の鷲豪だ。嬉しくなってくるぜ!)
「あいつはバカじゃ。あの允がそんげに大切な友達じゃったとか……」
コウノトリの爺さんはまたも涙があふれ出た。
ジュリはその言葉が耳に引っかかった。
Fは水平飛行で真っ正面からドラケンに接近すると頭を蹴ってまた離れた。
(なんでもいい、お前が倒れるまで、蹴り続ける!)
(しぶとい野郎だ、俺に本気で勝つ気か!)
ドラケンもまた、勝ちすぎたことで冷めかけた血が、Fという難敵を前に胸の奥から熱く燃えるのを感じて体は感激にうちふるえていた。
樹上ではジュリが呆然とその戦いに吸い込まれて見つめている。
その横に忍び寄ってきた小さなヘビをコウノトリの爺さんが気付くや突き殺した。
(Fも、大切な友達のために、きっと戦っているんだ)
命を張っているF。命を張って仲間を助けた自分。そこに共通点を見つけた。
(そうなんだ! 命はかけるためにあるんだ、だから私はFにひかれた。エナガらしくなくたっていい。私はジュリなんだ!)
本物の答えにたどり着いたときその目からは涙があふれた。
「私はジュリなんだ!」
ジュリが叫んだとき、

Fの渾身の蹴りがドラケンの背中に炸裂した。ダメージが限界に来たドラケンは気を失ったまま跳び続け、不安定に岩谷に落ちた。
全てが真っ白なまま頭だけを大空に向けたドラケンにFの姿だけが飛び込んだ。
Fは勝ったことを証明するように勝ち鬨の声を張り上げる。
ドラケンは何故かこのとき、余りにも清々しき目をしていた。勝ち続けてきたものにしか分からぬ孤独から解放され、一羽のワシに帰るとき、スタートに戻るとき、いや、負けることによる進歩に踏み出したのだ。
若鷹、おまえの勝ちだ!いい戦いが出来た。俺を食うなら食え、そんな心の声がFに届いた。
俺が求めるのは、血ではなく力だ。お前を殺したら、お前と戦えない。またこの世界の何処かで巡り会えたら、戦おう。それがFの無言の答え。
そしてはるか遠い空から、勝鬨の声を上げる。その声はジュリの耳にもはっきりと届いた。コウノトリのじいさんはボロボロ泣きながらじっとFを見て叫ぶ。
「勝ちおった…あいつ、ドラケンに勝ちおった。変わった奴とばかり思うておったが、なんちゅう奴じゃ。今度こそ、本当の別れじゃのう。なんか儂も、元気が出てきたわい」
Fの舞う大空へ、ジュリは飛んだ。

「F、おめでとう、勝ったのね」
Fは軽く笑った。言いにくいが、どうしても伝えたい思いを、ジュリは勇気を持って言った。
「F、何も言わずに去ってごめん」
「俺は何も気にしてないぜ。どうした」
「Fに言ったよね、本当の友達を見つける旅を初めてみたくなったの。あなたと旅がしたいの。初めて分かった。私はエナガだけど、その前にジュリなの!」
「俺もそうだよ、カンムリクマタカである前に、Fだ」
その言葉が何よりもうれしかった。縄張りを持って縄張りを守りながら着実にその生命を伝承するすべての生き物の法則。二羽は、この法則に逆らって生きていく。それが正しいのか、正しくないのか、そんなことはどうでもいい。それまで寂しかった彼女が、このとき初めて、心から喜びを感じた。
自然淘汰から外れた二人、しかしそこには真の命の輝きがあった。
「行くか、ジュリ」
Fがその目を太陽に弾かせる。
「うん、行く!」
二羽は夕陽のかなたに消えていく。
Fはジュリの小さな姿を目に入れたまま思った。
―鷹を助け、逆らって生きるおまえは、俺の仲間だよ。ついてこれるだけ付いてこい―
「命って、何のためにあるの。守るため?愛するため?」
「命は、捨てるためにあるんだ」
ジュリは、一瞬どういうことかを考えた。
捨てるため、命を捨てるほど大切なものがある。ついさっき目にした、壮絶な戦いを見れば、その答えはすぐにわかる。それが彼の行く戦いの道。自分が仲間を助けるために、戦った愛。命は捨てるためにある、その言葉が心の奥の鐘をなり響かせるように、響きわたった。
「あいつらは命が一番重い。俺たちは、もっと違うものが、大切なのさ」
「分かる。私には分かるよ、F」

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