スカイファイターエフ
『鷹戦士F』立ち読み
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第三章 真昼の誓い
A swear in broad daylight


 
「遂に来たぜ。ここが黄金海岸か」
 允が遠く見晴らす海岸線の向こうからサンショクウミワシが飛んで来た。ジワジワと、允との距離を締め上げるような威嚇が始まり、その怒りはピークに達した。
「早速お出迎えかい」
 允は金色の目を太陽に弾かせ大空に舞い上がる。大空を制す彼らは皆、その縄張りに入ってきたものは逃げるまで攻撃する。二羽はその黒く鍵状に曲がった爪を前方に突き出し、空中での激突は数回くり返された。体格差がものをいってすぐに決着はつき、勝者は大空を一周する。
「負けたぜ。今日からこの一帯はお前のものだ」
 野生では日常の如く繰り返される縄張り争い、負けたものは当然のごとくその場所を追い出される。しかし、
「心配するな。俺はお前の縄張りを奪いに来たわけでも、ここに留まる気でもねえ」
彼は木に止まり、遥かジャングルを見た。
「なにい」
「俺はキルギスから渡って来た鷲戦士だ。カンムリクマタカと戦いたい。何処にいるか知らねえかい。密林に住むらしいが、コンゴのジャングルは広い」
「カンムリクマタカと戦うだと…ハッハハ」
允は笑うサンショクウミワシを見て、益々闘志を燃やし、毛を逆立てて笑う。
「…何が可笑しい」
「お前は確かにいい脚をしてる。だが、死にに行くようなものだぜ。ここを真っ直ぐ東へ飛びな。いつかはでかいジャングルに行き当たるだろう」
 サンショクウミワシは飛び立ち、崖のほうへと消えて行く。允はその影を見送ると、再び飛び立つ。
 こうして数日間さまよい続けた允は、喉の乾きに川へ降りる。この周辺は木が多く、あと三日も飛べばジャングルへ行き着こうかという、やや開けた地帯であった。無数のフラミンゴが空に色を塗るように飛び立つ。河には巨大なカバが、水飛沫を上げて大あくびをする。そのあくびを見てワニが逃げていく。
「もう少しだぜ。カンムリクマタカ」
と、その時、向こうの茂みから一匹の飢えたセグロジャッカルが允の背後から襲いかかる。
(あぶねえ!)
 允は間一髪避け切る。鳥は飛ぶときに加速が早くないと地上の獣の餌食となる。允の羽の数本を加えたまま、セグロジャッカルは上を見上げる。オオカミ狩りをした允だが地上にいるところを襲われればジャッカルでもあぶない。
(熱いぜ。アフリカは飢えた獣達の目がギラギラ光ってやがる)
 允が見下ろす地上、セグロジャッカルは今度は母親からはぐれた仔鹿を襲い、その牙を小さな体に抜かり込ませる。
(哀れにな。まだ歩き出して間もないような子供が)
 その時、允の上を大きな影が覆う。
(何だ!)
 その巨大な影はいきなり急降下し始める。
(こいつがカンムリクマタカか!)
頭部を飾る長い羽と黒褐色の翼、間違い無くそうだと允は思う。
(まさか!!)
 巨大な鷲は、あのセグロジャッカルを標的に上空から落ちる猛スピードを利用してセグロジャッカルの首を蹴り砕くようにして掴み、引きずり回す。セグロジャッカルは即死していた。仔鹿はゆっくり立ち上がると、彼のほうを見て逃げて行く。
「お前がカンムリクマタカか」
ジャッカルの腹を食い破る彼に、允は興奮を抱えた目で問う。
「俺はゴマバラワシのベンよ。アフリカ中を彷徨ったスカイファイターだ」
 ベンも允から漂う殺気から同じものを感じ取ったようだ。
「俺はキルギスから来た。俺と勝負をしろ」
 允よりも相手は一回り大きい。その体格差もかまわず允はいきなり蹴り掛かる。ベンは素早く天にかけ上がる。見る見る二羽の体が上空高く舞い上がり、戦いが始まる。ベンは巨大な体に似合わず素早い動きで允に接近する。空中で戦う二羽の目に、天と地は交互に激しく揺れ動き、蹴り合うたびに羽は飛び散る。
(速い!)
 允は体を反転させて交わす。
(こいつにまともに掴まれたら終わりだ!)
 戦い続けて来た允は、体力が上の相手とはどう戦えばいいかというコツを知っている。允は急降下し、ベンはそれをも上回るスピードでついていく。允はここで急浮上する。
 ベンは允のアクロバット飛行にも難なくついていく。風が強くなり出し、いつしか上空は分厚い黒雲に覆われる。允は上昇気流を使っての急浮上に転じて相手より上になったとき、攻撃を仕掛ける。
(食らえ!ゴマバラワシ!)
允は一回転してベンの頭を蹴る。その瞬間、ベンの長く伸びた脚が、允の目を潰す。いつしか原野には大粒の雨が降りだしていた。アフリカの雨は滝のように大地を叩き、地上のもの全てを流すように降り続ける。雷が黒雲を割って大木に落ちる。

 三日間降り続いた雨がやみ、ひび割れた大地に河ができ、せせらぎが静かな原野に響き渡る。
(ケッ、こんなに太陽が照りやがるのに丸で見えねえぜ)
 允は独眼で空を睨む。彼はこの戦いに勝ったのだ。允の胸には不安がよぎった。凄まじい破壊力を持つゴマバラワシ。北半球に、彼より大きい鷲は沢山いるが、これほど強力な鷲はいなかった。ベンがこのアフリカで最強のゴマバラワシではない。もっと強い男もいるだろう。このアフリカでこれから先も戦っていけるだろうかと一瞬よぎった不安に腹を立てたかのように彼は再び太陽を睨んだ。
(俺らしくもねえ、やってやるさ、相手が誰だろうと!)

 允は河のほとりのバオバブの木に留まり、ただじっと身動きもせずに傷の回復を待った。
その下を疣猪が通る。
 向こうの乾き始めた河の浅瀬では、死神のようなアフリカハゲコウが、巨大な嘴でなまずをつく。腹が減っても、狩りをするほどの体力もない今の彼は、ただ石のように動かずに、水辺に来る獲物を待ちぶせしながらそれらの光景を見ていた。そうやって何日が過ぎたであろうか。じっと動かずに居る彼の木の下を、素早い動きの褐色の蛇が近づいてくる。
 ブラックマンバだ。
 毒蛇の中でキングコブラに次いで大きく動きが最も早い。その凶暴な攻撃性は現地人から恐れられている。人間など、その毒牙にかかればひとたまりもない。4mはあろうかという大蛇。仕留めれば食い応えのある獲物に允の目が飢えを剥き出した。
(ようし、もっと近くへ来い)
 ブラックマンバがすぐそこまで来たところを允は木から舞い降り素早くその頭に鍵爪を打ち込む。ブラックマンバは允の体にグルリと巻きつき、強烈に締め上げるが、その羽ばたきで振り解かれのたうち回ったあとボテリと動かなくなった。久しぶりにありつく獲物を彼は夢中で食う。そこへまたも、一羽のゴマバラワシが訪れる。
 允は蛇の尻尾を啄みながらその方向を睨む。

「何だ。横取りに来たのか」
「お前か。大食らいのベンを倒したってワシは」
「大食らいのベン…?」
「そうよ。お前たちの戦いをしたから見ていたカンムリ…」
「カンムリクマタカかっ!」
「カンムリバトのマリアンが教えたんだ」
「ケッ、ハトか。ハトにようはねえ」
「そのハトが変わり者でな。お前の戦う様を見て、惚れたとよ」
 允は食っていた肉を噴き出す。
「ハトなんか興味もねえ。どうせ餌にもならねえ」
「それがグンとでっけえ。まあ、餌にするなり何なり、好きにしな」
 鷲戦士でなければ、間違いなく獲物の横取りをしただろう。ダンは空中高く舞い上がると、急降下を始める。この辺は平原で獲物はいくらでもいる。狩りもまた彼ら鷲戦士にとっては訓練なのだ。
 トカゲにシカ類のインパラやトムソンガゼル、そしてしなやかな猫科のハンター、サーバルキャットが華麗なジャンプをして飛ぶ鳥を捕まえ、茂みへと歩いていく。
 允は彼がどの獲物に狙いを付けているのか、ふと考えた。さっきのジャッカルを見ている彼は、小鹿をとっても不思議はないと考えた。人間に訓練もされずにシカを獲るとことは絶対能力が抜きんでていなければ不可能だ。しかし、その急降下していく彼は全く別の方向へ行く。
 絶対あり得ないと思っていた獲物、サーバルキャットだ。 
 サーバルキャットは平均13kg、ゴマバラワシの倍もあり、しかもネコ科の肉食獣である。ネコ科のハンターはイヌとは比較にならないほど強い。体は柔らかく柔軟な筋肉をしていて、獲物にするにはあまりにも危険である。そしてサーバルは飛ぶ鳥を3mもジャンプして掴み取る技を持つ、バネのあるハンターだ。
 ダンの急降下に気づいて素早く走り出すサーバルキャット。ダンは更にスピードを上げ強大な爪を前方に突き出し、大きく指を開いて掴みかかる。サーバルキャットは狙いを外すべく急カーブするが、ダンが一瞬早かった。そのヒョウの牙のような黒い爪がサーバルキャットの首を鷲掴みにして引きずる。
 四本の黒い強大な爪は根元までつき抜かり、サーバルは前足を掻きむしって激しく暴れるが、すぐに痙攣して息絶える。允はしびれて肉体の奥が燃えた。ダンもまた鷲豪…。




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