スカイファイターエフ
『鷹戦士F』立ち読み
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第6章 反抗
Martial eagle



もう終わりだ、真っ黒な大空に彼女が何も考えられなくなったそのとき、ギャアーッ!と声がしてカラスが消えた。ポカンと口を開けたままぼう然と目の前の光景を見つめるジュリ。あの大きなカラスが連れ去られていっている。
 ジュリがその方向を目で追ったとき、木にとまった大きな鷹がカラスを食っている。やっと心が落ち着いてその姿を冷静に見たとき、そこにいたのはFだ。
「Fっ!有り難う」
 Fは少し笑っただけで、またカラスを食う。ジュリはこのとき心からFに友情を感じた。その体は死の淵から生還できた興奮で震えている。食物連鎖では下の地位にある彼女はいつも大きな動物から逃げなければならない。しかし今は、逃げ勝ったという気がした。
 その夜、Fとジュリの話し声が、森の奥から聞こえてくる。
「今日は助けてくれて有り難う」
「狩りをしただけだよ」
「ねえ、どうして強くなりたいの」
「…強くなりたいからだ」
「ねえ、ドラケンって鷲を知ってる?世界で一番強いのよ。最強のベルクートだって。キツツキのおじさんから聞いたんだけど、二年ぶりに帰ってきたって。ドラケンとも戦うの」
「強い奴とは戦うよ。それともう一つ、最強のベルクートは、允だ」
「允、あなたの友達?」
「ああ、俺の最高の友だ」

 そんなある日、ジュリの仲間のエナガが飛んできた。
「おい、ジュリ、ジュリ」
「ティム…ティム!」
 二羽は再開できた喜びに一杯で戯れるように空で絡み合いながら、やがて茂みに舞い降りた。自分と同じ大きさ、同じ色、こうも懐かしく感じようとは。
「お前を捜してたんだ。もう一度仲間の所へ戻ろう。ボクがみんなに頼んだんだ。ジュリを許してくれって。もう一度仲間として受け入れてくれって」
「ティム、あなた…私のためにそこまでして…でも私、大きなタカと友達になったの。一緒に旅をしようって」
「おまえ、何バカなこと言ってるんだ。タカと旅をするなんて危険すぎる!まだそんなことやってるのか!」
「でもあたしを助けてくれたよ、私を食べようとしたカラスを捕った」
「それは狩りをしただけだ! お前を助けたんじゃない。腹が減ってみろ、必ずお前を食うに決まってる! そんなことも分からないのか!」
 ティムの説得力がある言葉にジュリはうつむいて考え込んでしまう。
「いいから来るんだ、ボクに付いてくれば間違いはない!」
 ジュリはティムに押し切られ、彼の言うまま仲間の所へと戻る。やっぱり仲間がいい。仲間達に受け入れられ、許される。そしてまた楽しい日々を暮らせる。ジュリは胸が高鳴った。
(F、ごめん、やっぱり私はエナガなんだ、あなたほど強くなれない)
 そして仲間達がさえずっている木々の中へジュリは飛び込んだ。さえずりが一瞬にして止まった。エナガたちはヒソヒソ話しているが、その中の一羽がようやく
「よお、おかえり」
 ジュリは嬉しくなってみんなの中へ飛び込んだ。
 温かく出迎える者もいれば相変わらず冷たく視線を外す者もいる。それでも自分を許してくれる者もいる事が嬉しくてたまらない。ジュリはみんなのために役立てるように頑張ろうと思った。
 しかしFの存在はいつまでも心の奥にひっかかっていた。
 日々を食うことのみに生きて秩序の元にすべてが従っている。しかし仲間の誰かがいいエサ場を見つけるとみんなに教え、分かち合う喜びがそこにはある。
「よお、ジュリ、食えよ」
 新しく木の実があるところを見つけた一羽が言った。もう自分を完全に許して、こうして食べ物を分けてくれる仲間をありがたく思う。
 そして自分もまた新しく、木の実があるところを見つけては仲間のために飛び回った。
 ジュリは思い切って一羽で遠くまで飛ぶこともあった。それは以前の彼女はできなかったがFと触れ合ったことによって彼女がFから吸収した強さだ。そんな心の大きな成長に気づくこともなく彼女は誰よりもたくさんのエサを見つけては、仲間たちに教えた。ひなのいるところに行ってはエサを与えたりもする。
 いつのまにか、リーダー的存在にさえなっていた。
 それでも、Fのことを思い出すと、心に引っ掛かるものがある。食物連鎖の底辺にいる彼女と頂点にいる鷹。絶対わかりあえるはずがないのに、なぜあのとき分かり合えたのか、あの時の自分と比べ、今の自分が弱いような、流されているような、そんな気持ちに襲われることがある。

 なぜだろう、何なんだろう。
 常にその思いをぬぐいきれぬまま、ジュリは仲間との日々を過ごした。
 こうして彼女が群れに戻って一週間が過ぎたある日、群れはカラスの襲来に出くわした。
「カラスだカラスだ!逃げろーっ!」
 ジュリもみんなと慌てて逃げ惑う。やがて静かになった。
 誰か一羽がカラスに捕まったのだ。みんなは葉っぱや茂みに隠れた。犠牲が付き物なのだ。一羽が犠牲になることにより仲間達が助かる。
 カラスが口にくわえた獲物をよく見てみるとそれが誰か分かった。自分を群れに返してくれたあのティムだ。仲間たちはみな木の茂みに隠れている。仲間が食われれば自分たちはもう襲われない。残虐でも冷酷でもない、それが自然の摂理でありエナガたちの掟なのだ。
「ティムが食われるときが来たんだ。生け贄なんだ」
「そうだ、自分が食われるよりはいい。仕方がないんだ。可愛そうに」
(ダメよ、ティムを見殺しなんて、出来ない!)
 ジュリの、垣根を越えた自由と愛はこの時、火となって燃え上がった。 ジュリはなんと、カラスに向かって飛び込んでいくとその目を突いた。
 ギャァー!
 カラスはリアクションも大きい声を上げる。
カラスは、今度はジュリをターゲットに向かってきた。カラスからの逃げ方を心得ている彼女は今度は茂みに隠れる作戦に出た。これによって、他のエナガたちも再びターゲットになる。カラスは茂みに突っ込んでくると枝や葉っぱをかきわけながら彼女を探した。
 茂みは大騒ぎになり、じっと隠れていればいいものを、パニックに陥って、四方八方に逃げ出すエナガもたくさんいた。
「ジュリがまたとんでもないことをしやがった!」
「なんてことをするんだ! ティムが食われていればボクたちは食われずに済んだのに!」
 カラスは大暴れして、一番近くのエナガをくわえた。
「助けて!食べられる、食べられる!」
 ジュリは今度は助けるかどうか迷った。それは相手が大親友のティムではなかったからだ。そしてもう完全につかまっている。自分が助けようとしても無理だ。その時ティムと視線が重なった。
 彼も助けようなどとは全く思っていない。木陰に隠れている。ジョリは生贄が変わったように安心
しているティムに逆に裏切られている気がした。
(何なの、これが、私たちの掟なの! 違う、そうじゃない! 私はイヤ、イヤだ!)
 カラスはエナガをくわえたまま逃げまどう彼らを見送った。みんなは必死で羽ばたき、中には金縛りになって動けないものもいる。今度は彼が生け贄になったのだ。ジュリはなんと、二度もカラスに向かっていった。そして、その目を思い切りこついた。みんなは信じられないという顔でジュリを睨んだ。
(やめるんだジュリ!)
 ティムは心の中で叫んだがそれを声にすることすらできず、じっと木陰に隠れていた。
 イタズラ半分だったカラスはあまりお腹が減っていたようでもなく、ジュリの執拗な攻撃が厄介になって、くわえたエナガを投げ捨て森のかなたに飛んでいた。
 ティムはやっと姿を現すとジュリと視線を交わした。
「ジュリはまた裏切った、生け贄は仕方がない! 掟に逆らって、混乱を招き、そしてボクを死ぬような目に合わせた! お前は追放だ!」
 被害者のエナガが叫び、パニックの中ようやく戻ってきた仲間たちは、動揺した心のまま彼の意見に便乗してみんなでジュリを攻めた。
「そうだ、混乱を招いたお前の責任は重い!」
「選ばれたのはティムだったのに、お前のせいで、白羽の矢がボクに向いたんだ!」
「やっぱりお前は危険だ!」
 ジュリはやっと、自分が求めていた答えを見つけた。
(ちがう、こんなの違うよ、あたしが生きる場所じゃないよ!)
「それが掟なら、私はエナガをやめる」
「ジュリ…」
 その言葉に回りは静かになった。
「あの時は、みんなに追い出された、だけど今度は私の方からここを出る!」
 そして、ジュリは大空に飛んでいった。
「お前は危険だ!エナガじゃない!」
「二度と帰ってくるな!」
 エナガたちはジュリへの非難を浴びせていた。
 やはり自分は変わっている。どこかへ行きたくてただ飛んだ。やみくもに飛んだ。夜が来て、朝が来た。雨が降り、雲が消え、何日も飛んだ。大空を見上げるとそのはるか西の空で二羽の大きな鳥を目にする。
 ジュリはその戦いに引き寄せられるように飛んだ。



「F…!」
 相手のイヌワシはあのヒグマ殺し、ドラケンだ。ふと、Fの言葉が聞こえた。
「世界一強い男になるためだ」



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