スカイファイターエフ
『鷹戦士F』立ち読み
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第5章 生きる戦い
A battle for survival



 サバンナのまっただ中に、血だらけで倒れたガイン。体中傷だらけ、回りに雌たちはいない。その遙か向こうの夕陽に焼けた地平線にハーレムがあり、見知らぬ四頭の雄ライオンが雄叫びをあげ、たてがみを振り乱している。
 そのガインの横を、狩りの帰りにインパラをぶら下げたハーレムのメスライオンが通りかかった。これはチャンスだとガインは喜んで吠えた。
「ローラ、俺だ、ガインだ! お前は俺の味方だったか、餌を持ってきてくれたんだな」
 ローラはゆっくり振り返るとせせら笑った。
「何を寝言を言ってるんだい、落ちぶれた哀れなガイン」
「何を…この裏切り者め!」
 ガインは彼女を殺す勢いで飛びかかったが素早く交わされる。
 煮えくりかえるはらわたを吐き出すほどの大声で唸りを上げるがローラは逆に唸った。
「甘ったれるな! 負けたあんたに何が残るって言うんだ! あたしたちは、命がけで狩りをする。ハーレムのボスのために。あんたの愛したダイナだって水牛に腹を突かれて死んだ。狩りが失敗して命を落とすこともあるんだ。だからあたし達は男を選ぶ権利があるんだ!
 悔しかったら、あのハーレムを奪い返すことだね!」
「おまえ……許さん!」
 ガインは飛びかかるが激痛で倒れた。もはや生きているのも奇跡のようなダメージの中で怒りを飲み込み、冷たく背を向け去っていくローラを睨み続けていた。

 狩りを終えたFが、空の緩やかな螺旋階段を下りるように舞い降りた。
 ガインは血だらけで口をきくほどの体力も残っていない。ライオンの雄はハーレムのボスにならない限り、生き残っていくことは難しい。
 彼らは雌ライオンに比べて、脚も遅く、力はあるが狩りは下手である。 雄ライオンは成長していくと、ハーレムから追い出され、グループを作ってしばらくは自分たちで狩りをする。そうして生き残っていくことは厳しく、ハーレムのボスを倒して新しいボスとなり強い子孫を残していくために戦うのだ。
 弱い雄ライオンには、ボスになる資格はない。
 しかし、ハーレムのボスになってもやがて年をとれば新しい若い挑戦者に破れ、群れを追い出される。自分で狩りをすることが下手な雄ライオンには餓死が待っている。
 生き続けるには、勝ち続けるしかないのだ。
 Fがパオパブの木に舞い降り、ガインに話しかけた。
「どうした」
「…俺は負けた。あいつらに、ハーレムを追い出された負け犬だ。こんな屈辱は初めてだ。俺が昔、あのハーレムから追い出したライオンも同じ思いだったろうな。ハッハハ」
 ガインは恐怖に震え目は虚ろに泳ぎ、敗北にプライドを潰され、今はあのオスたちが雌ライオンと交尾をしている光景にこの上ない屈辱を感じた。
「戦え。俺たち鷹も、獲物がいない時には無謀な狩りをする。縄張りを乗っ取りに来たものとは戦う。ときには殺し合う。この世は負けたら終わりだ」
「フッ、ハッハハ。お前たちは自分で狩りができる。大したもんだ。俺達はハーレムにすがりついて生きているようなものだからな。
 俺はもうライオンであることに疲れた。
 ライオンといってもなぁ、ゾウやサイには複数で戦わないと勝てない。奴らが来れば、機嫌を損ねないように肝を冷やしながらその場を去らねばならない。俺もときにはそうやってあのハーレムを守ってきた。だがもう、終わりだ。何もかもが終わった」
 ガインは闘志をなくした目でFと視線が合うと、すぐに視線を外し、その木の影に崩れ落ちるように座り込んだ。新しい強い男に発情する女たちもFには理解できなかった。
「これがライオンの世界だ。弱い男は切り捨てられる」
 ガインはこんなにも変わった。
 体中の激痛と死の恐怖と今彼は戦っていた。今にも壊れそうな思い、今にも途切れそうな命。微動だにしない彼の姿に、Fはその人生の終わりを見た。死ぬかもしれない独りのライオン。
「Fよ、いつか言ったな。ライオンとカンムリクマタカはどっちが偉いか。カンムリクマタカの方がえらい。狩りが出来る、ゾウやサイが来ても、地上の火や水が荒れ狂っても、平気で空を飛んでいやがる。ライオンをバカにするがいい」
 Fは冷めた声で言った。
「どっちも同じだよ。俺はどっちも嫌いだ」
「なにい…」
「ライオンは女、カンムリクマタカは縄張りのために戦う。どっちもどっちだよ」
「女と縄張り、これ以上何がある!」
「どっちの生き方も生存しか考えていない。俺は、強くなるために戦う」
 Fの黒いかぎ爪が太陽に弾き、その光にガインは頭の中が真っ白になった。Fの言っていることは全てのセオリーを打ち砕く衝撃だった。
「強くなるため……」
「そうだ。俺はスカイファイターだ。世界を渡り、勝ち続ける。そして、もっともっと強くなる。誰にも負けん」
 Fの狂気がガインには恐ろしくなった。
 自分は今戦いに敗れこんなにまでも打ちひしがれているというのに、彼は負けるまで戦い続けるというのか。
 こんな過酷な道に自ら足を踏み入れ、世界を旅しようというのか。自らを地獄につき落とすような旅をしていこうというのか。どこで誰に敗れ、いつ死ぬとも知れぬ旅を。
「俺は親にはぐれた雛鳥だった。ヒナの時はネコに殺されかけたこともあるよ。恐怖に怒りが勝ったのさ。あの時に誓った。誰よりも強くなると。今日はお前に別れを言いに来た。あばよ」
「F、何処へ行くんだ。地獄へでも行く気か」
 死にかけたガインのしゃがれた声が彼を引き留めるように聞いた。
 Fは何も答えず、ガインの心を貫くような視線で睨んだ。
 そして大空へ飛び立っていく。

 ――地獄へでも行く気か、F――

 その姿を見送ったガインは、ゆっくり目を閉じた。すでにその周りにはハゲワシが上空に輪を描きはじめていた。そんなとき、ガゼルがチラチラと横着にガインのそばに来た。まるで食ってくれとでも言うように。ガインはありったけの力を振り絞って飛びついた。
 しかしガゼルはピョンと大きく跳ねた。若くて動きの早い彼らは、ときにこうしてライオンをからかう。
 もう片方から別のガゼルが、またフェイントをかけるように突っ込んできた。今度こそと怒り狂ったガインが飛びついたが、余裕を持って交わされる。ガゼルたちのいい遊び相手にされたガインは、さらに体力を消耗した。動きの早いメスライオンでもなかなかとれないガゼルを、力だけのガインがとれるわけがない。
 地獄の飢えに苦しみ夜が明け、震える身体で立ち上がった彼は、はるか原野のシマウマの群れをめざして歩きはじめた。
 地獄路を歩く自分、今まで倒してきた男たちと同じ宿命を背負った自分を、今ガインは背骨に感じ取っていた。傷口はまだ閉じていないが、この飢えは回復の証でもある。それでも獲物はとれない。なにか食わねば無理だ。
 生死をかけた狩りに再び挑むべく、ガインは茂みに身を伏せ、獲物に忍び寄る。しかし体が大きいぶん気づかれやすく、神経過敏なシマウマは、茂みのざわつく音にもパッと逃げ出して近づくことさえできなかった。
 そしてガインを見つけるや、彼らは群れ全体が大移動を始め、土煙を巻き上げてはるか南の草原へ流れていった。そのガインの後をひそかにブチハイエナたちがつけ狙う。
 ライオンも体力が弱っていると悟られると、ハイエナは複数で襲いかかることがよくある。今のガインは格好の餌食だ。
 それを悟られまいと、必死で威風堂々と歩く。しかしハイエナは賢い。地獄へと続く鬼ごっこ。そして体力の限界がきたガインはついに倒れた。ハイエナたちが一斉に襲いかかった。


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