スカイファイターエフ
『鷹戦士F』立ち読み
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第5章 生きる戦い
A battle for survival



 Fは河川を見つけるとそこに止まって水を飲み、再び舞い上がる。草原ではカバがメスライオンを威嚇しながら追いかけ回している。しかし、ライオンにはすぐに援軍が来た。数匹のメスライオンがカバを取り囲んで、後ろから脚を狙っている。
 カバは大きな口を開けてその攻撃を追い払う。その口にかまれれば、ライオンの頭などスイカを割るように砕けてしまう。ライオンがひるんだ一瞬のスキを突いて、カバはドスドスと一目散に河に逃げ出した。追いかけっこが始まるが、あの巨体で加速するカバを食い止めることができない。脚にかみついたライオンを引きずりながらカバは猛進して振りほどくと、無事に河のなかに入った。
 Fが見渡す地平線では、アフリカゾウの群れがゆっくり移動していく。
 彼らは草を求めて新しい草原を探す旅に出るのだ。草食獣は大地に生える草を食べればいい。肉食のFから見れば気楽なものだとすら思えるが、あの大移動を見ていると、日々のエサを探す自分の心に共感するものを感じた。子どもも大人も、エサを求めて同じ距離を歩かなければならない。歩く狩りだとFは思った。




 サハラ砂漠を超え、アフリカ北部のアトラス山脈が行く手に立ちはだかる。この一帯の王者はヒゲワシである。狭い岩場にヤギが一頭、石の間に生えたわずかな草をなめとるように食っていた。そこへ上空から、巨大なヒゲワシが襲いかかる。
 メェー。
 ヤギの鳴き声が山岳に響き渡った。
 ヒゲワシは仲間を呼ぶように上空で大きく鳴き、その声とともに無数のハゲワシたちがやって来る。ミミハゲワシやマダラハゲワシ、コシジロハゲワシ、同種族ばかりではないようだ。ハゲワシたちがヤギの肉をついばむ。そして骨だけになったところを見てヒゲワシは舞い降りてくる。
 灰色の空、彼が崖に舞い降りると辺りは静粛になる。彼こそこのコロニーのボス、アトラスだ。ほかのワシたちは場所を空ける。彼の名は、この山岳のボスという意味を込めて、そうつけられた。
 このコロニーで二番目の実力者、ミミヒダハゲワシのダークはやや離れたところで、場所を空けずに肉を食っている。彼のあだ名は『死に神』。このコロニーをひそかにのっとろうと企てている。体も一周り大きく、爪もくちばしも強い。ケンカだけなら一番強いが、その激しすぎる気性がほかのワシたちから敬遠されていた。いつか二羽は戦うかもしれない。そのときはアトラスについて一緒にダークを倒そうという雰囲気がコロニー全体に広がっていることが、ダークになかなか戦いを起こさせない理由だ。そのとき、上空を大きなコシジロイヌワシがさえぎった。
「ワシだ! どうするよお」
「おれにまかせろ!」
 舞い上がったのはアトラスだ。二羽は急接近する。
「ここで狩りをするのはおれが許さぬ。おまえは流れ者か」
「鷲戦士のクラウスだ。おまえの指図は受けねえ」
「粋がるな、若造。おれも元は鷲戦士だ」
「なにい!」
 ヒゲワシの鷲戦士、たしかに大きく体力もあるが、爪の威力に劣るヒゲワシがどうやって戦うのか。せいぜい翼でたたき合うぐらいならおれたちでもやる。まあいい、たいした敵ではないとクラウスがさらに接近し、爪を大きく突き出したそのとき、二枚の畳のように大きなアトラスの翼が襲いかかる。
(長い!)
 長大なヒゲワシの翼をクラウスは計算していなかった。
「バカ者め!」
 バシィッ。アトラスの翼がたたきつぶすようにクラウスを打ちつけた。クラウスはフラフラと降下しながら茂みに消えていった。爪よりも、クチバシよりも強力な翼豪の一撃。ハゲワシたちはその雄姿を見上げてギャアギャア騒ぐ。
「アトラス様バンザーイ、この山の王はやっぱりアトラス様だ!」
 やがてアトラスは獲物の上に舞い降り、ハゲワシたちは場所を空けた。そしてまた騒がしい食事が始まった。
(羽折りのアトラス、さすがは元、鷲戦士だ。爪の弱さを羽の強さでカバーし、羽を武器に空中激突で相手の羽をたたき折ってきた。空中でおまえと戦うのはたしかに無謀かもな。だがいつか地上でおまえのスキを突いてぶっ殺してやる)
 ダークは頭を動物の腹のなかまで突っ込みながらも、その目は上目遣いにアトラスをにらんでいた。アトラスはその視線を受け止めながら、大きな肋骨を一本引き抜く。
「見ろ、やっぱりアトラス様は器量が大きい。ダークなんか目もくれていないぜ」
「ダークをボスにしたら、あいつは肉をひとり占めするのはまちがいない。アトラス様は骨が好きだから、おれたちと大きな争いも起きない。アトラスしかいねえよ」
 ダークはこんな聞こえよがしの陰口をさえぎって大空へ飛んだ。そして見せつけるように訓練を始める。いつか鷲戦士になってここを出る、それが口癖なのだ。アトラスに負けない大きな体で急降下して枝をへし折ってみせれば、数羽のハゲワシがびびる。それが今の彼の唯一の楽しみだった。そして急降下すると大きなマーモットを狩って見せた。そして当てつけがましくみんなの前で威嚇しながら食う。こればかりは彼がとった獲物だ。だれも分けろとは言えない。陰口ばかりがつきまとう。それを気に入らないコシジロハゲワシが数羽、ダークに襲いかかってきた。ダークは待ってましたとばかりに大きな羽でたたき飛ばし、蹴り飛ばした。あっという間にノックアウトされ、気を失うか逃げる彼ら。
 アトラスの技を彼はいつも盗み見ていたのだ。しかしそんなダークをも、アトラスはコロニーの一員として見つめていた。
「あいつにはあいつの考えがある。わからぬことは放っておけ。あいつも仲間だ」
 食うことにいつもいら立っている気の荒いハゲワシたちを統率するには、それなりの大きな心が必要でもあるわけだ。
 ハゲワシたちは自分で狩りをしない。野生では病死や餓死する動物も多い。彼らはその掃除専門屋。しかしそんな彼らでも飢えるときがある。


 Fは山岳地帯に一匹のヤギを見つける。
「今日の獲物はあいつだ」
 もう三日間なにも食べていない。Fはそのとき、ガインの顔が浮かんだ。彼もまたどこかで飢えて獲物を探し求めているだろうか。それともあの傷がもとで死んだのだろうか。浮かんでくるのはガインの目を閉じた顔ばかりであった。
 狩猟能力の高いカンムリクマタカのFでさえ、たまに飢えることがある。ましてや、ガインは狩りの下手なオスライオンである。生きているだろうか。そのとき、またもガインの最後の雄叫びが幻聴となって、Fの耳に聞こえた。
(ガイン、おまえはもう死んだのか……だが、おれは死なない! 生きる!)
 Fは急降下するとヤギの首めがけてカギ爪を打ち込む。もろに決まった。しかし、ヤギも懸命に暴れる。Fは必死に羽ばたいた。ヤギは岳から滑り落ちるようにFに引っ張られ、Fは強引に羽ばたいた。
(重い!)
 Fはやむなく離す。ヤギは何度も体を岩にぶつけながら谷底へ落ちていく。
 Fが舞い降りるとヤギは死んでいた。Fは三日ぶりの獲物を食いはじめる。そのとき、上空からハゲワシが一羽、また一羽と集まり出す。ハゲワシはワシ・タカよりも大きく、生きた獲物を捕らないため、爪は弱いがくちばしは強い。しかも群れでかかると話は違う。
「久しぶりの獲物だ。いっちょ、いただくか」
 マダラハゲワシ、コシジロハゲワシ、そしてミミヒダハゲワシらがゆっくりと舞い降りてくる。みな、体重はFの一・五〜二倍もある。Fの目が光った。スピードの速いFは急上昇するや、いきなりマダラハゲワシに蹴りを入れる。
「ギャアーッ!」

 一撃で地面に落ちたマダラハゲワシ。さらに浮上したFは、今度は急降下に転じてコシジロハゲワシを蹴り、ミミヒダハゲワシを蹴る。野生ではよくある獲物の奪い合いにも勝たなければ、彼らは明日を生きていけない。死肉を食らうハゲワシに対し、Fらタカ類は生きた獲物しか食わない。だからこそよけいに負けられない。Fは獲物をとられまいと命がけで戦う。
 ハゲワシの数は次第に増えてくる。すでに群がる黒だかりで獲物の姿は見えない。ほかのハゲワシに比べてミミヒダハゲワシはさらに大型で気性が荒く、くちばしも強い。その大きくとがったくちばしでFの背中や首を執拗に小突く。その数の多さにFは次第に劣勢になっていく。仲間は次々と集まり出し、ついにその数は百五十羽にも及ぶ。
(いくら倒してもキリがねえ)
 そのとき、不意を突かれたところを巨鳥の羽ばたきに当たり、Fは吹っ飛んだ。全身がしびれて動かない。
「アトラス様だ! アトラス様が来たぞ! もう大丈夫だ!」
 ハゲワシたちの士気が一気に盛り上がって、攻撃にも勢いがつく。見たこともない大きな鳥は雄叫びを上げて、さらにFに襲いかかる。
〈あいつがアトラス……〉
 Fは素早く交わすと、その獲物を諦めて退却する。ハゲワシの集団はギャーギャーと奇声を上げながら、いつまでもその獲物をガツガツとついばんでいた。その声が無性に腹立たしい。しかしあの集団にひとりでは勝てない。


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